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年越しはそばうどん!?理由で選ぶならこれ!

投稿日:2015年6月5日 更新日:

12月31日になるとスーパーやお店、そば屋やうどん屋それ以外の飲食店でも
そばを販売しています。地域や好みアレルギー等でそばよりうどんを食べたいと
思う事も少なくないはずです。

年越しそばとうどんで悩んでいる時にそばになった、うどんになりにくかった
そばとうどんの意味の違いを知ると気持ちよく年越が越せそうです。

麺は「縁起物」

太く長い、細く長い事から麺は縁起物として古代より使われています。
太く長く」と言われるうどんは長寿と家運を伸ばす、そして家族やみんなの幸せを
願う等の意味があり、運を運ぶ(うんどん)と言う意味で食べられる地域もあります。

細く長く」と言われるそばにも「長寿や家運を伸ばす」金箔を使う細工師は金粉を
集める時に使うのはそば粉で作った団子であった事から「金運を呼ぶ」そばの苗は
雨風にあたってもすぐに起き上がる事から「健康」等の意味もあると言われています。

そばは切れやすい事から1年間の苦労や不幸を切り捨てて翌年に持ちこさない等の
意味もあり「縁切りそば」「年切りそば」借金を切る場合には「借銭切り」
「勘定そば」とも言われ、年末にそばを食べる時は年を越さない、残さない事が
とても大切になります。

どちらか選ぶなら

「長寿と家運を伸ばす」縁起を考えた場合:「そば」又は「うどん」
「長寿と家運を伸ばす」に他の願い事も加えると

▪プラス「縁を切り気分も新たに翌年迎えたい」:「そば」
▪プラス「金運を上げたい」:「そば」
▪プラス「健康」:「そば」
▪プラス「運を運んで欲しい」:「うどん」

そばアレルギーがある時は縁起物の麺はそば以外を選びます。
年末を好きな麺を食べて過ごしても問題はありません。

そば うどん_2

年末に「そば」の理由

年末にそばを食べていたと言われる中に
鎌倉時代に年を越す事が出来ない人達にそば餅「世直しそば」を振る舞い
それを食べた頃から運が向いてきたため、大晦日に「運そば」を食べる事になった。
室町時代にある裕福な人が毎年大晦日に無事息災を願いそばがきを食べていた習慣
があった事などがあります。

そばは実の形が三角形であることからは「邪気を払う」夫婦と子供の関係にも例えら
縁起が良い物とされていました。
そばが大きく広がった理由には

そばが広がったのは

そばが広がったきっかけに「江戸といき」「醤油」「病気」があります。
麺類のほとんどは中国から伝わり、中国の麺は小麦粉で作られいる事から
そうめん、うどん、その後にそばが伝わります。

そうめんを作る時に手間暇がかかるため高級品になる事から、庶民には手
が届きませんでした。
その事からそうめんより安くて手に入りやすいうどんを食べるようになります。

◎大都市「江戸」
江戸時代中期頃そばの人気が始まります。麺と言えばうどんであったため
ほとんどの場合庶民はうどんを食べていました。

江戸時代に入ると都市計画が始まり、江戸は人口の増加や消費の増加日本一の
大都市になります。江戸に人口が増加したからと言って全ての人が住むわけで
はなく江戸には仕事のために行く事が多く、そのため飲食店がとても繁盛します。

もともとそばを食べるようになったのは、稲の収穫が出来ない時稲を食べる事が
出来ない時に食べる代用食品。どんな土地でも育ちやすく75日で収穫できるそば
は庶民の間では常用食でした。

人口が増加した江戸では急激に飲食店も増加し手軽で安いそばは瞬く間に広がります。
「立ち食いそば」と言われるように小腹が空いた時に食べるぞばは「軽食」
うどんは「食事」の位置づけになっていました。

◎「そば」と「いき」
「いき」とは江戸に住んでいる、江戸にいる庶民から生まれた美意識。
人口が多くなった江戸では他とは違う気風と文化、自分の世界感を持った人達が
現れます。

見えない所で手間がかけられている、見た目ではわからないがその苦労を感じさせない
さりげなく手を加えられている、見える外側と内側の違いを「いき」としていました。

作る時は実を挽くことから始まり、食べる時はつゆでシンプルに食べる。
早くて手軽、美味しくて安いそばは「いき」の感覚にピッタリ合う「いきな食べ物」の
代表になります。
ツ格ツ本 CMYK
◎「いき」と「醤油」
そばが江戸時代いきな食べ物になりやすかった理由に「濃口醤油」があります。
醤油は関東では作られておらず、関西から送られていました。

そこで江戸のいきに合う色や香り(見た目)や味(美味しい)が良く、醤油の味も
しっかりある「濃口醤油」が関東で作られます。
いきなそばの食べ方やそばの正しい食べ方に「そばつゆはそばの先に少し付けて食べる」
と言われています。この事からそばのつゆは濃い必要があり、鰹節と醤油で作られる
ようになります。

◎病気「脚気」
江戸時代中期頃流行をした「脚気」、「江戸患い(えどわずらい)」と呼ばれいて
いました。その頃白米を食べる事が多かった上層武士が「脚気」になる事が多く、
「脚気」になった事で経済的に白米を買う事が出来ず、そばを食べていた所回復に
向かう事が多くなり、庶民だけではなく上層にもそばは広がりさらに人気が高ま
ったと言われています。

日本で一番人口の多い場所で、庶民だけではなく上層にも人気は高まり
そばの消費はどんどん増えた事からそばは広まります。

12月31日にそばの理由

◎三十日蕎麦(みそかそば)
江戸時代でも毎月末には現在でも行われている事が多い、お金の集金や借金の返済
在庫の確認等を働いている人全員で行っており、終わった後に全員にそばをふるまって
いました。その事から毎月末はそばの日になり月の最後の意味になる
「晦日蕎麦(みそかそば)」「三十日蕎麦(みそかそば)」と言われるようになります。

晦日(みそか)は30日の当て字、訓読みになり使われる時は30等の数字は関係がなく
月末の意味で使われていました。

お金を少しづつ、長い期間をかけて返す事ができるように等の意味を込めて細く長い
そばは縁起物の意味に使われるようになり、明治時代以降毎月行われていたそばの日
がなくなり年末だけ行われるようになり、1年の最後になる12月の月末を「大晦日
と言いそばを食べて今年の災厄を断ち切り、来年への幸せを願いました。

年明けうどん

うどんの純白で清楚な雰囲気は年明けにふさわしく、海老やかまぼこ等の赤い具を
乗せると新春のお祝いふさわしくなる事から2009年頃に全国製麺協同組合連合会か
ら年明けに食べる「年明けうどん」が展開されます。
年明けうどんを食べるのは1月15日までだと言う事です。

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