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陰陽師とは?陰陽師の現在 干支との関係には

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一時期、小説や映画で有名になった「陰陽師」ですが、この陰陽師が用いる呪術・占術
「陰陽道」と呼ばれ、干支の概念とも結びついて日本で独自の発展を遂げた術法です。

今回は、陰陽道と干支との関係性について、概要や特徴などをご紹介していきたいと
思います。

目 次
陰陽師とは
陰陽師と干支
現代に残る陰陽師の習慣

陰陽師とは

陰陽師と干支との関係性についてご紹介する前に、そもそも陰陽師が
どんな仕事をしていたのかについて、紐解いていこうと思います。

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陰陽師の仕事について

陰陽師は現代で言う国家公務員の「技官」


陰陽師は、いわゆる超能力集団というわけではなく、現代の文科省的存在の「陰陽寮」
と呼ばれる機関で働く職員でした。

いわば国家公務員の技官にあたり、天文学の研究や暦の作成など、時間を測定する
業務に携わっていたのです。

当時は旧暦、すなわち月の満ち欠けをもとに暦を作っていたのですが、このような暦を
作る習慣は現代まで引き継がれています。

現代でも、自宅の神棚に飾る来年度の御札を神社からいただく際に、一緒に暦がついて
くるところがあります。
そういった暦には運勢を示す表記があり、その年の行方を占うこともできるのです。

超能力だけが仕事ではなかった

このように、陰陽師は当時から非常に現実的な業務に即しており、映画などで表現
されているような超能力、あるいは霊的な仕事のみを行っていたわけではありません
でした。

とはいえ、全くそのような業務がなかったわけではなく、一部には実話とも空想とも
言えるエピソードが存在しているのは事実です。

式神を使ってカエルをつぶしてしまったり、都にはびこる妖(あやかし)を退治したり
するエピソードは、現代に残る資料からは本当ともうそともとれる表現です。

また、貴族社会における権力闘争があったこと自体は事実ですから、その環境下での
争いに加担しなかったという証拠があるわけでもありません。

今は想像に任せざるをえない部分が多いですが、将来的に解明される日が来るかも
しれません。

安倍晴明のスター性

『陰陽師=安倍晴明』
というイメージを持っている方は、非常に多いと思います。

事実、安倍晴明を取り上げている資料は多く、安倍晴明の著書と言われる
「ホキ内伝(ほきないでん)」と呼ばれる書籍には、非常に事細かな陰陽道のエッセンス
が詰まっています。

序章となる「晴明朝廷入唐伝」には、安倍晴明の修行の様子や文殊菩薩との因縁・妻の
裏切り・弟子の道満に首をはねられた後復活したエピソードなどが書かれています。

本当かうそかを確かめる術はありませんが、文献から安倍晴明の神秘性が語り
継がれるとともに、陰陽道の深い知識が共有されるようになっていったのです。

陰陽師と干支

実際のところ、陰陽師が干支を活用するようになったいきさつには、どのような理由が
あったのでしょうか。以下に詳細をご紹介します。

四季

春夏秋冬の四季の流れ


まず、干支が持つ本来の意味は、十干十二支に代表されるように、春夏秋冬の四季の
流れを表すというものでした。

そこから、時間の流れ・日にち・方位を示す意味合いで応用されるようになり、陰陽道は
中国から伝わった概念をさまざまな形で体系化していきました。

吉方・吉日の鑑定

過去の出来事の積み重ねが、吉方・吉日の鑑定につながった


知識の体系化が進むにつれて、過去の出来事をもとに、陰陽師たちは事象の原因を
予測するようになります。

これは今でいう統計学の意味合いを持ち、どの方位をどんな目的に用いるかや、
どの日に何をすべきかという情報が、こと細かくまとめられていきました。

現在も占いに用いられる「陰陽五行説」は、森羅万象の秩序を示した概念として有名
ですが、さまざまな学問に応用されています。
そこに十干や干支の概念が結びつき、日本独自の発展を遂げていったのです。

家相・地相の読み解き

発展的に家相・地相の読み解きも行われていた


陰陽師は当時の国家公務員(技官)であることから、かなり専門的な仕事をしていま
した。その中には、建築に関わる知識も含まれています。

地相を読むことで、生まれ年などの情報から誰がどこに住むと富み栄えるのかを推定
したり、建物の張り・欠けから家相を割り出したりと、現代にまで続く風水の流れを汲ん
だ知識も取り扱っていました。

ちなみに、一部神道の流派でも、柱の立て方などが綿密に定められている流派があり、
そのルーツは陰陽師とも言われています。

現代に残る陰陽師の習慣

陰陽師が用いていた技術・概念は、今なお現代に残り、神社でのお祓いやカレンダーなど
に用いられています。

意識しなければなかなか気づかないものもありますが、比較的よく見るものをいくつか
ご紹介していきます。

一部神社で用いられる「人形(ひとがた)」

古くからの歴史を持つ神社では、人の形をかたどった紙である人形を使って、一年の
厄を払うという方法があります。
人形は形代(かたしろ)とも呼ばれることがあります。

名前と年齢(数え年)を書いて、人形で身体を拭い、最後に息を吹きかけます。
その後、神社に人形をおさめて完了です。
遠方の神社からもらったものは、封筒に入れて神社まで送り返します。

五芒星

京都御所近く、西の方角に位置する「晴明神社」をご存じの方も多いと思いますが、
この神社は鳥居の上部中央に五芒星が設置されています。

和洋問わず用いられているシンボルではありますが、陰陽道では陰陽五行説の
「相克関係」を示しています。

この五芒星を円で結ぶことにより、五行の調和を図る魔よけとしての意味を
持っていました。現代でもアクセサリーや国旗のシンボルなどを通して、世界中で
見つけることができます。

六曜の概念

カレンダーを見ると必ずと言ってよいほど見かけるのが、大安・仏滅などの「六曜」です。
日本でこの概念を広めたのは、陰陽師と言われています。

・何事を始めるにも良いとされる【大安】
・その反対に何を進めてもうまくいかない【仏滅】
・午前中は運が強い【先勝】
・葬式をすると友を呼んでしまう【友引】
・何事もゆっくり進めたい【先負】
・正午以外は厄日となる【赤口】

六日ごとにこの六曜の流れが循環し、できる限り良い日に事を起こすべきだと考えられて
きました。

現代では、仏滅の日に結婚式を挙げたり、友引を気にせず葬式を挙げる方も多く、
若干形骸化している傾向にあります。

陰陽師は、単なるオカルトだけでなく、諸分野に通じる概念や考え方を数多く残して
くれています。

都の発展・貴族への貢献など、アカデミックな面から政略まで幅広く職務に取り組ん
でいたことが、資料の詳細さからもうかがえます。

十二支・六曜など、現代に残る文化を作った陰陽師は、やはり特異な集団だったのかも
しれません。

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